大阪地方裁判所 平成8年(わ)1891号 判決 1996年9月10日
主文
被告人を懲役一年二月に処する。
未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、文化住宅である肩書住居の誠和荘二階六号に居住しているものであるが、日ごろから同荘二階一号室に居住する末広信幸との折り合いが悪かったところ、平成八年五月三〇日午後二時一三分ころ、同荘二階にある共同トイレで小用を足していた際、後ろから同人(当時五六歳)にいきなり鉄パイプで頭部を一回殴打されたことに立腹し、同人と揉み合いながら同荘二階通路に至った際、同人から取り上げた同パイプでその頭部を一回殴打し、さらに、同通路で同人と揉み合ううち、同パイプを取り返した同人がこれで被告人を殴り付けようとした際、勢い余って同通路南側の手すりの外側へ向け上半身を前のめりに乗り出させてしまい、足を宙に浮かせているのを認めるや、即時同所において、その片足を持ち上げて同人を同所から約四メートル下の道路上に転落させる暴行を加え、よって、同人に対し入院加療約三か月間を要する前頭・頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(省略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、被告人は判示誠和荘二階通路で鉄パイプで殴り掛かって来た被害者の攻撃から逃れようとして、とっさに、同通路南側の手すりの所で前のめり状態になった同人の片足を持ち上げて地上に転落させてしまったもので、なお、その際に同人が受傷するとまで考えてもいなかったから、これは、被告人の正当防衛行為であるか、少なくとも過剰防衛行為である旨主張する。しかしながら、関係証拠に照らして検討すると、被告人は、被害者と判示のとおり抗争中、被告人から鉄パイプを取り返して被告人を殴ろうとした被害者が勢い余って同通路南側の手すりの外側へ上半身を前のめりに乗り出させてしまい、足を宙に浮かせているのを認めるや、その片足を持ち上げて被害者を同所から約四メートル下の道路上に転落させたものであり、なお、その際、被告人には被害者が右転落により傷害を被るとの認識もあったことは優に認められる。この事実によると、被告人が被害者に対しその片足を持ち上げて地上に転落させる行為に及ぶ当時、被害者の被告人に対する攻撃は止んだ状態にあって、被告人としては無難にその場を立ち去ることもできたものといえるのみならず、被告人の右行為は被害者を専ら攻撃する意思に基づいたものといえるから、本件は、正当防衛ないし過剰防衛の成立要件である被害者の「急迫不正の侵害」や被告人の「防衛の意思」を欠くことが明らかである。したがって、弁護人の右主張はこの点で失当であり、採用の限りでない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二〇四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択した上、その刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は傷害一件の事案である。被告人は判示誠和荘二階の共同トイレで用足し中に後ろから被害者にいきなり鉄パイプで頭部を殴り付けられたとはいえ、その後、被害者から取り上げた同パイプで被害者の頭部を一回殴打したのみならず、被告人から同パイプを取り返すなどした被害者が勢い余って同荘二階通路南側の手すりの外側へ上半身を前のめりに乗り出させてしまい、足を浮かしているのを認めるや、その片足を持ち上げて同所から約四メートル下の道路上に被害者を転落させるという暴行を加えたものであるから、この暴行はその命をも奪い兼ねない危険極まるものといえるし、この結果、被害者は判示重傷を負ったものであること、しかも、被告人は被害者に何ら慰謝の措置を講じていないことなどを併せ考えると、本件の犯情は芳しくなく、被告人の刑事責任を軽くみることはできない。
しかしながら、本件の犯行は、被害者が被告人を鉄パイプで前記のとおり殴り付けたことが主たる原因になっており、被害者にも少なからず責められるべき点があること、被告人は、犯行後、被害者の転落現場の傍らにいた人に警察等への通報を依頼をし、逮捕されてからは犯行の動機・状況等を詳細に供述するとともに反省・悔悟の態度も示していること、被告人には古い罰金刑の前科一件を除き他に前科がないこと、その他、被告人の健康が優れないことや年齢・境遇など、被告人のためにしん酌すべき諸事情を十分考慮しても、本件は被告人に対し刑の執行を猶予すべき事案とは認められず、被告人は主文掲記の刑(実刑)を免れないと考える。
よって、主文のとおり判決する。